5年間の高専生活を終えて

中学校を卒業して高専に入学してから5年が経ち、卒業となりました。
5年間の高専生活を振り返ってみようかなって思ったので、書いていこうと思います。

本当は卒業してすぐに書こうと思っていたのですが、就職先でのアルバイトと、研修と、その他いろいろで忙しくてすごく遅くなってしまいました。ゆるして。

自分以外の人にはなんの役にも立たない文章が長々と書かれているだけの記事ですので、暇な方以外はページを閉じることをおすすめします。

入学前のおはなし

私が高専を知ったのは、中学3年の夏です。あまり友達が多い方ではなかった私の、数少ない友達のうちの1人が「高専に行きたい」と言っていたのを聞いて高専を知りました。

高専受験を決めるまで

高専について知ったのが夏だったので、夏休み中に行われた体験入学には参加できませんでしたが、当時そこそこフォロワーが増えつつあったTwitterを駆使したり、普通に検索したりして高専について調べました。

小学生の頃、視力の低下が原因でゲームが禁止となっていた私は、中学生になりゲームが解禁となると、ゲーム(特にポケモン)をやりこんでいました。

いつか自分もこんなゲームを作れるようになりたいみたいな気持ちがあって高専を受験することを決めた…ような気がします(よくおぼえていない)。

受験を決めてから、秋に行われたオープンキャンパスには足を運んだのですが、雨だったので入り口近くの長い坂を登って、何もせずに引き返して金沢駅でごはんを食べた気がします。

高専に合格するまで

高専を受験すると決めたものの、簡単に合格できる程の学力はありませんでした。

ゲームで遊ぶということを覚えてからというもの、入学時の学年1位の成績はひたすら下り坂でしたし、数学が大事な学校を受験しようとしているのに自分の苦手科目は数学という絶望的な状況。

そもそも、倍率が3倍を越えている時点でなんだこりゃって感じだ。周りが1.2倍とかで高いって話しているのを聞いて「何言ってんだ…?」という気持ちになりました。

とりあえず親に頼んで塾に行かせてもらったり、過去問を7年分くらい買ってきて数学が大好きな友達に教えてもらったりしました。

理解するのが人よりも遅いという欠点はあったものの、努力することと分からないことを誰かに質問することは出来たので、なんだかんだで高専の受験に合格することができました。自分の中学校では4人が受験して、自分と、あと一度も話したことのない方が1人、合格だったと思います。学科は違うけど。

入学してからのおはなし

無事高専に入学できましたが、色々と現実を見ることになりました。

1年生の頃

まず気付いたのは、ぼっちだということです。

周りに知り合いはおらず、コミュ障な私が誰かに話しかけられるはずもなく。誰とも話さないまま、お昼ご飯の時間になりました。

その日、周りのお弁当持参勢の割合がどの程度か分からなかったので食堂で食事をすることになっていました。しかし、一人で行くのは不安…ということで、席を動けずにいました。

勇気を出して隣の席の人を誘おうか、どうしようか、と悩んでいたような気がします。そして、自分から話しかける前に、隣から声を掛けられました。とても助かりました、ありがとうございます。

その後は自分のTwitterのアカウントを周りに教えるとかして友達を作りました。Twitterのフォロワーが多いと、それを話のネタに会話ができたのでなんか助かりました。

次に気付いたのは、オタクの人が多いということです。

周りの人たちが話している内容を耳をすませてこっそり聞いていると、アニメとかマンガとかゲームの話が多い感じでした。後から聞いてみると、大体の人たちは小学生や中学生の頃から動画サイトを見ていたり、深夜アニメを見ていたりしていたそうです。

私は、小学生の頃は読書と勉強、中学生になってようやく人並みにゲームを始めた人間です。周りの会話は呪文であり念仏であり別の国の言語でした。

その次に気付いたのは、周りの人たちの大半は頭がよくて数学が得意だということです。

なんか話を聞いていると、勉強しなくても普通に入れたとか、私がボコボコにされて頭を抱えていた数学の授業に対して「簡単だ」などと意味不明な発言をしているとか、なんていうか、なんで自分は受験合格したんだろう…?って感じでした。

そして、高専時代の私を苦しめる事件が起きました。それは、「最初の定期試験の成績がクラス最下位」です。

下の写真は1年生の頃の成績表です(載せてもいいのか分かんないけどきっと大丈夫でしょう)。「*」マークが付いているものが、いわゆる赤点です。

成績表

高専は50点未満(4~5年生は60点未満)で赤点となります。最初の定期試験で赤点を5科目も取ってしまい普通に最下位だったので、周りからは「留年するぞ」と言われました。

なんだかんだで学年末には赤点の科目をゼロにしたので進級できました。

2年生の頃

2年生になる頃には高専での生活にだいぶ慣れ、各学科にはクラスが1つしか無いためクラス替えがなく留年しない限りはメンバーが変わることもないので、話せる友達も増えてきました。

まあ、話せる友達が増えてもアニメの話とかには知識の無さのせいで入っていけなかったんですけどね。勉強の成績が悪かったので、アニメ見たりゲームしたりする時間もあまり作れなかったこともありますが。

2年生の頃に、私は今の自分に繋がる大きな出会いをしました。

ゲームを作りたくて入学した高専でしたが、成績の悪さのせいでやりたいことをする時間を作れず、周りのプログラミングが好きな人たちがつよそうなプログラミングコードを書いてゲームを作っているのを、見ていることしか出来ませんでした。

今思うとめっちゃ自分って負けず嫌いなんだなあって思うんですけど、その時点でゲームを作りたいっていう気持ちはほとんど残っていなかった気がします。周りに追いつけそうにないから、そもそも競争する舞台にすら上がろうとしませんでした。

当時、相変わらずTwitter廃人ライフを送っていた私は、ツイプロフィール(現在はツイフィール)に3万文字くらいある無駄に長いプロフィールを書いていました。

ツイフィールは、1つのアカウントにつき1万文字までしか入力が出来ません(現在は使ってないからどうなのか分からないけど)。そこで複数のアカウントでツイフィールにログインして、無理やり書ける文字数を増やすなんてことをしてました。

夏休みに入った頃だったと思いますが、わざわざ別のアカウントでログインするのは大変だと感じ始めました。そこで思ったんです。「自分でWEBサイトを作れば、文字数制限なんて気にしなくていいじゃん」と。

夏休み中にレンタルサーバを借り、独自ドメイン「hiratake.xyz」を取得し、HTMLとCSSについての本を買い、WEBページ作成についての勉強を始めました。

その頃、クラスでWEBサイトを作ろうなんて考えてる人はおらず(たぶん)、完全に一人で作っていました。下の画像は最初期の私のサイトです。今見返すとクソコードだし恥ずかしいしうーんって感じだ。この頃から「呟く茸の日記帳」っていう名前でやってました。

初めてのWEBサイト

作ったWEBページのデータが初期から全て残っていたので見返してみると、PHPを触り始めたのは夏休みが終わってしばらく経った11月頃みたいです。

3年生の頃

3年生の頃はあまり記憶にないのですが、相変わらず成績底辺(最下位は脱出した)で、Twitterで騒いで、なんとか時間を作ってWEBページを作っていたと思います。

Twitterのフォロワーさんのマイクラ鯖のWEBサイトの制作をし始めたのもこの頃のような気がします。

4年生の頃

4年生での思い出というか、よく覚えているのは、やはり成績底辺からの脱出ですね。

地道に勉強を続けてきたのがようやく結果として出てきた感じがしました。40人程のクラスで、最下位から30位台前半と少しずつ伸ばしていた成績ですが、ここに来て20位台、そして10位台へと上げました。

しかし、成績が上がって余裕ができたかというとそんなことはなく、4年生になると赤点のラインが60点になり、専門科目も一気に増えて精神的に苦しい日々が続きました。多分一番病んでた時期だと思います。

ここだけの話、鍵垢でのツイートが多かった気がします。お話を聞いてくださった一部のフォロワーさん、ほんとうにありがとうございました。

あと、今までは成績底辺から脱出することしか頭になくて考えたこともなかったのですが、高専生らしくオタクにならないといけないみたいなものが自分の中に生まれ、この頃から周りの友達と会話ができるように色々なものに手を出し始めました。これが原因で時間的に追い込まれていた気もする。

結局周囲のオタクレベルには追いつけませんでしたが、高専を卒業する頃には有名なものならなんとなく分かるみたいなところまでは来た気がします。プリキュアを見始めたのもこの頃かも。

WEBサイト作りもパワーアップし、レンタルサーバからVPSへと切り替えたのはこれくらいの時期だったと思います。サーバについての勉強もして、WEBサーバの構築とか色々してました。

5年生の頃

ようやく心に余裕が出来てきたなあ、という感じがしました。成績最下位とはなんだったのか、なんだかんだでトップ10入りを果たしました。

また、ずっとWEBページを作る勉強を続けてきたおかげでHTMLとCSSについての知識はクラス内で一番だと言いきれる程になり、授業でもWEBの知識を使うものが増えてきたのですごく役に立ちました。

今まで忙しくて参加出来なかったイベント等(セキュリティ合宿とか)にも積極的に参加しようとしてました。

そして、趣味でWEBページ制作をしていた経験と思いを話し、WEBシステム開発を仕事として行うことができる会社から就職の内定をもらいました。本当にWEBページの勉強をしていてよかった。2年生の頃の出会いが無ければ今の自分は無いです。

最後に

なんだか、常に勉強に時間をとられてやりたいことを満足に出来なかった5年間だった気がしてます。周りのオタクレベルには追いつけなかったし。

しかし、こうして振り返ってみると、頑張った勉強は成果が出せたし、興味を持ったWEBページ制作についてはクラス内で誇れるほどの知識を身に着けました。

オタクレベルは就職してからでも上げられます。この記事も、最近契約したアニソンを定額で聴き放題のサービス「ANiUTa」でランキング上位の曲を聞きながら書きました。


高専は、人を選ぶ学校だと思います。特に夢も決まっていないし、将来のために頑張ろうっていうやる気の起きない人には合わないかもしれません。

でも、やりたいことのために頑張ることができる人にとっては、素晴らしい学校だと思います。

普通の学校では体験できないようなことを通して、自分がたのしいと思えるものに出会うことができます。そして、たのしいと思えるものを、できるようにするための技術を学ぶことができます。

苦労はするかもしれませんが、頑張っていればちゃんと周りの友達や先生が助けてくれるし、わからないところは教えてくれる。高専にはそんな環境があります。

私は、高専にくることができて、ほんとうによかったと思っています。5年間ありがとう。